岐阜県 松尾芭蕉の句碑巡り ー 案内・写真・「十八楼の記」

美濃路へ数回訪れたと言われている俳人松尾芭蕉の岐阜県内の句碑紹介です
場所やコメントもつけましたので是非訪れてみて下さい


      
   
句碑巡り春の日永のうれしうて・・・

*写真を見たい方は下記の地域の所をクリックして下さい

1 岐阜市内   2 岐阜市郊外   3 各務原市内   4 大垣市内  5 大垣市郊外
           
6
その他 高山市 中津川市など

                         場所・コメント
        岐阜市内  
このあたり目に見ゆるもの皆涼し  長良川左岸 長良橋近く 岐阜市湊町旅館「小川屋」「十八楼」
 玉井町の川島家庭内  真跡 元禄元年夏岐阜での吟 
 寛政12年美濃派文蘇坊建立 80p自然石
 「笈日記」「十八楼の記」
おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな  長良川左岸 長良橋南詰 大沢碧水氏書 
 元禄元年妙照寺己百の案内で岐阜鵜飼見鵜飼見物の
 折の吟 「笈日記」 昭和三十八年岐阜市建立 
 100p自然石
夏来てもただひとつ葉の一葉かな  長良川右岸 長良橋近く 法久寺境内、岐阜城山頂 真跡 
 元禄元年吟夏岐阜妙照寺己百亭での吟「笈日記」 
 安永二年鳰亭連中建立(岐阜市最古) 
 ひとつ葉は金華山に自生 四角柱墓石型 表に芭蕉翁
やどりせむあかざの杖となる日まで  長良川左岸 岐阜市岐阜公園前 妙照寺境内 
 元禄元年夏妙照寺滞在の折吟
 あかざは茎・葉の赤い植物
又たくひながらの川の鮎なます  長良川右岸 長良橋畔 岐阜市鵜飼屋神明神社入り口
 旅館「石金」入り口 元禄元年夏己百・落梧の招きで
 鵜飼い見物、岐阜での吟「笈日記」
 明治31年岐阜県令ら建立 180p大型自然石
 地名が掛詞
城跡や古井の清水先とはむ  長良川左岸 長良橋近く 岐阜城下岐阜公園内三重塔下
 元禄元年夏の吟「笈日記」 
 梶川町松橋喜三郎に招かれての句 松橋家に真筆あり
 明治三十一年岐山社中建立 150p四角大自然石
山かげや身を養はむ瓜畠  岐阜市伊奈波神社入り口 真跡 表には「芭蕉翁」 
 元禄元年夏同じく岐阜での吟 「笈日記」 安永6年建立 
 唐獅子の上に100p円筒型 傷みがはげしい
水相似たり三またの夏  岐阜市黒野三ツ又地蔵寺境内 元禄元年夏越人らと
 神山寸木を訪ねた折の連句碑で
 「どこまでも武蔵野の月影涼し」寸木に続く 
 元文元年長男二春建立 60p円筒型 隣に歌碑もある 
梅が香にのっと日の出る山路かな  岐阜市梅林公園内  元禄7年彦根での吟「炭俵」 
 明治末棚橋氏建立 公園にちなんだ自然石
 この句の句碑は他に中津川市落合医王寺にもある
古池や蛙飛び込む水の音  岐阜市北野大智寺入り口 獅子庵(各務支考旧跡)
 岐阜と無関係の句 貞享三年春芭蕉庵での作「春の日」
 中央に芭蕉翁の碑 他に美濃派道統句・追善碑
 この句の句碑は他に大垣市藤江町禅桂寺、
 高山市神明町正雲寺境内にもある
      岐阜市郊外  
市人にいて是うらん雪の笠  羽島市江吉良町水徐神社境内 嘉永元年可楽ら建立 
 貞享元年冬 「甲子吟行」での吟 80p自然石 
 上部が割れている
物言へば唇寒し秋の風  羽島市下中町石田願照寺 元禄4年秋 座右の銘「泊船集」 
 明治42年双雀ら建立
 100p自然石 他に美濃派句碑等 市史跡指定 
 この句の句碑は美濃市小倉公園にもある
草いろいろおのおの花の手柄かな  羽島郡笠松町中央公民館 明治21年香石翁建立
 元禄元年 更級日記出発の折吟「笈日記」
道のべの木槿は馬にかまれけり  羽島郡笠松町蓮国寺 貞享5年「甲子吟行」
 表は芭蕉翁之墓 住職日周建立 60p自然石
永き日を囀りたらぬ雲雀かな  羽島郡笠松町称名寺境内 昭和39年芭蕉翁顕彰会建立
 字は久松潜一氏 
 1m自然石 貞享2年春 野ざらしの旅の途中の吟 
 「笈日記」 近くに木瀬草庵碑 親鸞・蓮如巡拝碑あり
はらなかやものもつかず啼くひばり  羽島郡笠松町日枝神社 昭和39年芭蕉翁顕彰会建立
 字は麻生磯次氏 120p自然石
 貞享2年春 野ざらし紀行の途中の吟 「続虚栗」
蝶の飛ぶばかりなり野中の日陰哉  羽島郡岐南町野中正伝寺 天明3年慧祥ら建立
 中央に芭蕉翁とあり左右に句 
 「翁忌日元禄七甲戌十月十二日」とある
 貞享2年春 野ざらしの旅の途中の吟 
 「笈日記」 120p枠取りのある大石 
今日ばかり人も年よれ初時雨  本巣郡北方町西運寺 元禄5年秋許六亭での吟「韻塞」 
 美濃派の拠点跡 昭和11年県史跡指定90p自然石 
 正面に芭蕉翁 美濃派の連塔あり
 この句の句碑は他に揖斐郡池田町観音寺にもある
あかあかと日はつれなくも秋の風  揖斐郡谷汲村華厳寺境内 元禄2年秋金沢での吟
 「奥の細道」
 天明4年安田建白建立 表に芭蕉翁 70p丸型 
 この句の句碑は大垣市舟町正覚寺の境内にもある
旅人と我が名呼ばれん初時雨  本巣郡巣南町美江寺瑞光寺 天保末期友左坊ら講中建立 
 100pの丸型 貞享4年秋 吉野紀行での吟 「笈の小文」
観音の甍見やりつ花の雲  山県郡伊自良村甘南美寺 真跡  江戸上野浅草での吟 
 文化4年美濃派一門建立 80p山型自然石 中央は丸型 
 風格あり 貞享3年「泊船集」
       各務原市内  
送られつ送りつ果ては木曽の秋  各務原市鵜沼町旧脇本陣跡 
 元禄元年この地から更科紀行へ
 への旅立ちの吟「笈日記」 昭和40年芭蕉翁顕彰会建立 
 字は麻生磯次氏 この句の句碑は中津川市にもある
ふぐ汁も喰えば喰はせよ菊の酒  各務原市鵜沼町旧脇本陣跡 真跡 貞享5年夏鵜沼宿
 本陣坂井邸「更科紀行」の旅立ちの吟
 昭和40年芭蕉翁顕彰会建立 200p円筒型 
 なお、犬山市薬師寺境内に楠の化石に彫ったものがある
汲留の水泡たつや蝉の声  各務原市鵜沼町旧脇本陣跡  
 貞享5年夏鵜沼宿本陣坂井邸
 「更科紀行」の旅立ちの吟 
 昭和40年芭蕉翁顕彰会建立90p自然石 
 隣に「更科紀行首途」の碑
        関市内  
鶯や柳のうしろ藪の前  関市日吉ケ丘弁慶庵(広瀬惟然坊旧跡)
 元禄5年春「続猿蓑」 70p自然石
 天保14年鳥落社中建立 芭蕉は関には来ていない  
松杉をほめてや風のかほる宿  関市一ツ山常光寺 元禄7年夏小倉山にて「笈日記」 
 文久3年建立 80p円筒型
藤の実は俳諧にせむ花のあと  関市長谷寺町新長谷寺 貞享5年夏 「泊船集」
 寛永5年関俳諧社中建立
       大垣市内  
蛤のふたみに別行秋ぞ  大垣市舟町高橋詰(奥の細道 結びの地)
 住吉灯台は今も健在
 元禄2年秋「奥の細道」最後の句として有名
 二見(身)を掛ける
 昭和32年大垣市建立 丸い枠の中にに彫られている真跡
 蛤塚とも
萩に寝ようか荻に寝ようか  大垣市舟町高橋詰(奥の細道 結びの地)
 川には舟も浮かぶ
 元禄2年大垣にて伊勢へ行く前   連句碑
 秋の暮れ行く先々は苫屋哉 木因
 霧はれぬ暫く岸に立ちたまへ 如行 等
 昭和36年大垣市建立 山型自然石
折々に伊吹を見てや冬ごもり  大垣市西外側町八幡神社境内 
 元禄4年秋大垣千川亭にて 「笈日記」
 昭和40年大垣市文化財協会建立 真跡 
 150p丸い穴あり 
 この句の句碑は他に安八郡神戸町善学院、
 羽島市竹鼻町川町正法寺にもある
そのままに月もたのまじ伊吹山  大垣市竹島町竹島会館前
 元禄2年秋「奥の細道」直後大垣にて
 斜嶺亭にて 「笈日記」  真跡
 昭和38年大垣市文化財協会建立 大型自然石
かくれ家や月と菊とに田三反  この句碑、かつては大垣市立図書館にあったが現在は破損、公開されていない
 同種の句碑が「田三反塚」として大垣市舟町 奥の細道 結びの地付近にある 
 元禄2年秋「奥の細道」直後大垣谷木因亭にて 写真は真跡60p細長の卓上型
草臥れて宿借る頃や藤の花  大垣市赤坂町法泉寺 元禄元年丹波市八木での吟 
 天保15年建立
       大垣市郊外  
義朝の心に似たり秋の風  不破郡関ヶ原町今須常磐御前の墓横 貞享3年秋 
 「野ざらし紀行」での吟 10p自然石
秋風や藪も畠も不破の関  不破郡関ヶ原町不破の関跡中 
 貞享元年秋 「甲子吟行」途中の吟
 他に美濃派句碑、関所由来記などあり 120p自然石 
葱白く洗ひ上げたる寒さかな  不破郡垂井町垂井の清水脇 
 元禄4年秋垂井住職規外を訪ねて
 「泊船集」 安永4年建立 100p自然石
作り木の庭をいさめるしぐれ哉  不破郡垂井町本竜寺 真跡 
 元禄4年秋垂井規外を訪ねて
 「蕉翁句集」 100p自然石
此山の悲しさ告げよところほり  不破郡垂井町岩手菩提寺
 元禄元年冬伊勢での句「笈の小文」
山路来て何やらゆかしすみれ草  養老郡上石津町一之瀬勝地峠
 文政12年養老郡一之瀬村社中建立
 150p自然石 貞享2年春「甲子吟行」
ほととぎす声横たふや水の上  養老郡養老町橋爪象鼻山麓 元禄6年夏「笈日記」
 明治2年獅子門建立 180p瓶型
むすぶより早歯にひびく泉かな  養老郡養老町旅館「千歳楼」脇 
 元禄2年夏の吟 「一葉集」
 明治初年多芸社中耕月庵ら建立 大きな自然石
  その他 中濃 東濃 飛騨  
春なれや名もなき山の朝かすみ  美濃加茂市太田町上町祐泉寺境内 真跡 
 貞享二年「甲子吟行」の途中吟林冬甫建立 
 古い物で自然石
山路来て何やらゆかしすみれ草  可児郡兼山町大竜山可成寺境内 
 明和3年美濃派素陽坊ら建立    
 正面に「芭蕉翁之墓」左に句 貞享2年春
 熱田での句 「甲子吟行」  150p自然石
 この句の句碑は他に中津川市や岩村町にもある
山里は万歳遅し梅の花  加茂郡八百津町久田見長者屋敷
 元禄4年春伊賀上野付近
 「笈日記」 文政3年建立 尖った自然石 
 この句の句碑は武儀郡洞戸村市場にもある
ひょろひょろとなほ露けしや女郎花  土岐市妻木町庚申町 元禄5年秋「更科紀行」
 江戸末期建立 自然石
花盛り山は日ごろの朝ぼらけ  瑞浪市大湫町松葉垣外旧中山道脇観音堂
 元禄元年春「泊船集」 100p自然石 年代不詳
いささは雪見にころふ処まて  瑞浪市釜戸町公文垣内 旧中山道脇 
 元治元年村中有志花月坊書で建立  
 90p四角柱 貞享4年冬
 名護屋での吟「花摘」
あらとはと青葉若葉の日の光  瑞浪市日吉町小高峠 弘法堂 
 元禄2年夏「奥の細道」日光にて
 宝暦12年寸芝ら建立 90p自然石
西行のわらじもかかれ松の露  恵那市長島町中野槇ケ根西行塚 元禄3年「笈日記」
ほろほろと山吹散るか滝の音  恵那郡明智町滝坂公園 
 貞享5年「笈の小文」天保年間建立 
 友左坊書 60p丸型
いなつまにさとらぬ人のたふとさよ  恵那郡山岡町原 元禄3年秋膳所にて「をのが光」
 寛政7年月斎建立 自然石
三井寺の門たたかばや今日の月  中津川市上金旭ヶ丘公園 
 元禄4年秋義仲寺にて「泊船集」
 指月亭建立大型自然石
古里や臍の緒に泣く年の暮れ  郡上郡八幡町愛宕山公園内 
 宝暦10年100p墓石型建立
 表は「初祖芭蕉翁」右に句他に狂俳句碑あり
 貞享4年冬故郷伊賀上野にて「笈の小文」
藻にすだく白魚とらば消ぬべし  高山市総和町国分寺境内
 雲橋社の江戸末期建立か 游魚書という
 延宝9年春詠 「東日記」 60pの角柱形 
 側面に「芭蕉翁帰寂元禄七甲戌十月十二日」とある
薦を着て誰人います花の春  高山市城山町大隆寺境内
 元禄3年正月膳所での吟「泊船集」
 天保13年雲橋社建立 120p枠取り石
    
   「十八楼の記」(芭蕉)

 

 美濃国長良川に臨んで水楼あり。主を賀嶋氏といふ。

稲葉山後ろに高く、乱山西に重なりて、近からず遠からず。

田中の寺は杉の一村に隠れ、岸に沿ふ民家は竹の囲みの緑も深し。

晒し布所々に引き延へて、右に渡し舟浮かぶ。

里人の行きかひしげく、漁村軒を並べて、網を曳き釣を垂る、

おのがさまざまもただ此の楼をもてなすに似たり。


暮れがたき夏の日も忘るるばかり、入り日の影も月に代りて、

波に結ばるる篝火の影もやや近く、高欄のもとに鵜飼するなど、

誠にめざましき見もの也けらし。

かの瀟湘の八つの眺め、西湖の十の境も涼風一味のうちに

思ひためたり。 

 
 若し此の楼に名をいはしむとならば、十八楼ともいはまほしや。

     此のあたり目に見ゆるもの皆涼し      

  貞享五仲夏              はせを

 


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